



こんばんは芹沢由紀子です
またまた長らくぶりの更新ですが、お許しください。
なんと1年以上も前に、取材をさせていただき、この日記上でも予告までしたのに、更新できていなかったイケメントレーナーさん「谷野雅紀さん」の取材レポートを、やっとかっとやります。
いまさら・・・感が否めませんが、今年の3月11日、東北大震災の起こったのと同じ日に全国発売した私の単行本「花畑で地上90センチのキスを。」のコミックスをご存知でしょうか?
車椅子の乗った青年に恋するギャルが主人公のラブストーリーなのですが、それを描くに当たり、昨年は東京都豊洲にあるせきずい損傷者専門のスポーツジム「J-Workout」さんに大変お世話になりました。
昨年も、日記上で数名のせきそんのイケメンさんたちを紹介いたしました。そして今回がその最終回です。
発表までに1年以上もかかってしまって、ご協力くださった関係者の方々と、谷野さん本人には大変なご迷惑をおかけしました。
のちにその理由についてもふれますが、とりあえずは、谷野雅紀トレーナーと、J-Workoutについてレポートをさせていただきますね!!
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写真のイケメンは、豊洲にある日本で唯一のせきずい損傷者専門回復ジム「J-Workout」で働く現役のトレーナーさんである。
日本に数名しかいない、エゴスキューという骨格、筋肉の調整を行なえるスペシャリストの勉強をされているすごいトレーナーサンなのだ。
詳しくは、公式HPをご覧ください。
http://j-workout.com/
谷野さんの働くジムは、病気や事故などにより、お医者さんから「もうもとのカラダのように歩いたり走ったりはできませんよ」と宣告された「せきずい損傷の障害者」専門のジム。
医者から、これ以上の快復は困難、とされた人でも、J-Workoutでいろいろな方向からのアプローチとトレーニングを積み重ねていくことで、歩いたり回復したりするのだ!!(個人差あり)
このメカニズムは、専門的で説明がめんどくさいのでここでは割愛。
もともとはアメリカのサンディエゴにある施設で研究されていたメソッドで、数年前社長の渡辺淳氏によって日本に紹介され、ジムが設立された。
間違っていたらごめんなさい。
そんな、日本でもまだ歴史が浅い、広く一般にも知られていないジムだが、日本国内からその高い信頼と結果を聞きつけて、さまざまな患者さん(クライアントさん)が遠くからも通ってきている。
民間企業ではあるが、各メディアからも注目され、これからの活動がもとても期待されている事業なのだ。
私は偶然ネットで「せきずい損傷」について調べていて、このジムを見つけた。取材を申し込むと、広報の女性が快く引き受けてくれて、尽力してくれた。
実際にジムでトレーニングを受けているクライアントさん3名と、トレーナーさんを1名紹介していただいた。
トレーナーさんが谷野さんだった。
私と担当編集T氏が、諸手あげて絶賛するくらいのイケメンなのだ!!
谷野さんは、クールな顔立ちだが優しい語り口調で、我々のいろんな失礼な質問に快く回答してくれた。
彼は関西生まれ。大学時代は経済学部だった。サッカーが大好きで、大会で優勝するなど、華々しい活躍もあったが、腰を痛めてしまい、サッカーから遠ざかることになってしまった。
サッカーが出来ない悲しみを癒すために、カナダに留学したり、イギリスを訪れたりと、いろいろ外国を回った。
海外では様々な衝撃を受けたという谷野さん。
たとえ、スポーツ選手が出来なくても、スポーツトレーナーという仕事があると知ったのだ。
大学を卒業し、帰国した谷野さんは、身内の運営するNPO(福祉介護事業所)で1年間、ヘルパーや介護といった手伝いをした。
そして、東京のJ-Workout の存在を知り、自分も働いてみたいと思った。
関西での仕事をやめて、東京に引っ越してきて、J-Workout に人生を賭けて就職したのだった。
谷野さんは、クライアントさんの骨格をなおしたり、筋肉バランスを整えたりしながら、時間をかけて、一時的ではない効果をみこした全身そのものを矯正していくトレーニングを行なっている。
日本各地から、噂を聞きつけて体験申し込みが後を絶たない。
体験者は、まずは安全第一のもと、さまざまなトレーニングを体験する。
1、2日かけて、クライアントさん一人につき、トレーナーが2,3人がかりで体を動かしていく。トレーナーさんたちも、ジムスタッフも、必ず回復して歩けるように出来ると確信して、自信を持って一人ひとりに対応しているのだ。
それがクライアントさんにも伝わるのか、必ず皆短い期間でも、それなりの成果を出して帰っていくという。
「最初はやはりネットや口コミでうちを知り、歩けなくなってしまったが、少しでも希があれば歩きたい、あきらめられない、といった方が多くやってきます。彼らクライアントさんの共通点は、やはり前向きで、メンタルやモチベーションを長く保ち続けられることです。すぐには結果が出ないことを、いつか必ず出ると信じて長く続けられる人たちです。」と谷野さんは言う。
そんな彼らと信頼関係を保って一緒に前進し続ける「J-Workout」って、どんな会社なんでしょうか?
「明るい雰囲気です。みんなのモチベーションが保てるように、子供や大人の区別なく、遊びを取り入れた楽しいメニュー作りをしています。飽きのこないメニューを目指しています。フィジカル面だけでなく、メンタル面でのサポートも、欠かさないように記をつけています。訓練に関係のない日常会話を交わしたり、年に何度かイベントを企画したりしています。」と谷野さんは丁寧に話してくれる。
はじめのうちは、どよ~んとした雰囲気で表情も暗かったクライアントさんが、トレーニングを重ねるうちに明るくよくしゃべるようになってくれるらしい。だがまだまだそれぞれが心に悩みを抱えている。いずれは、肉体面だけでなく心の悩みのケアも出来たらいいなと谷野さんたちは考えている。
だがそれは、スポーツトレーナーという仕事の枠を超えて、公私の区別もつきにくくなってしまうのではないか?
「そうですね、人と深く関わる仕事なので、大変な部分もあります。深く関わりすぎても、疲れるしお互いがストレスを感じてしまう。そういう意味ではバランス感覚が大事ですね。でもこの仕事はまだ新しい分野の開拓なので、日々勉強です。これからが楽しみです。」と彼は明るく前向きに答えてくれた。
人生のうちで、今が一番喜怒哀楽が激しいという。感情移入の多い仕事なのだそうだ。今は悩みのほうが多いが、大きな喜びが一つあれば、忘れられるらしい。
「忙しいときこそ遊ぶ!!これが自分のストレス解消法です!」
寝言がほとんど仕事の言葉だという、日々忙しい谷野さん。
これからも体に気をつけて頑張ってください!!
芹沢由紀子がお届けしました。
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追記
「J-Workoutと渡辺淳社長」
私が、ジムに取材に伺ったときに、快くトレーニング風景の写真撮影や、解説をしてくださったのが、社長の渡辺淳さんでした。
渡辺さんは、自身が一時期体を患って歩けなくなった体験を持ち、その後は勉強されて、アメリカにわたり、エゴスキュースペシャリストとなり、日本に戻り、このジムを立ち上げました。
「Know No Limit」をスローガンに掲げ、高い志で、多くの歩けなかったせきずい損傷者の方々に希望を与え、多くの尊敬を集めていました。
私は彼の熱いまなざしと情熱に圧倒され感銘をうけ、彼のほうが年下ではありますが、深い尊敬と賛辞の念を抱かずにはいられませんでした。
取材をひと通り終えて、私は「花畑で地上~」のマンガを描き上げました。ちょうど、掲載された雑誌「ザ・デザート」が発売するので、お礼をかねて掲載雑誌を届けようと、再びジムにアポをとろうとしました。
昨年の12月初旬の」ことでした。
そのときに、ショッキングなニュースを知ることになったのです。
それは、J-Workoutの渡辺淳さんの訃報でした。11月の終わりの週に、参加されたハーフマラソンの直後に倒れられ、そのまま帰らぬ人となられたそうです。
ものすごいショックでした。
どうして神様は、あんなに立派な人をこんな早く連れて行くの?なんで?
渡辺さんとは、2~3言会話を交わしたことがあるだけで、特に仲がよかったわけではありません。
ですが、自分の身近にはまずいない、「スゴイ人」「えらい人」「一番頑張っている人」だと思っていて、かなりリスペクトしていたし、微力ながら、「私にもなにか手伝えることが無いだろうかとか?」思っていたくらい、素晴らしい人だと尊敬して一目置いていた人でもあったので・・・・
そんな頑張っていてすごい人が、志半ばにして、たくさんの彼を慕う人々を残したままこの世を去るなんて、信じがたいし悔しいし、なんだか許せないと思ったし、無常感で一杯だった。
とにかく、なんか1週間くらいショックでヘコんでいたのでした。
でも、12月6日の故人の葬儀に参加して、改めて彼の偉大さや、彼をなくした悲劇の大きさを実感したし、お別れをしてきて、彼の死を悲しむ多くの人と共感できて、心が落ち着いたのでした。
今もジムでは、彼の意思を受け継いだ、谷野さんたち若きトレーナーさんたちが活躍しています。
なんだか、彼の死と関わるジムのその後ををどう報告していいか分からなくて、谷野さんの記事をアップするのがこんなに遅れてしまいました。
言い訳にしかなりませんが、3月の大震災といい、その後の放射能のゴタゴタ、今も帰れない福島原発付近の方々、心を痛めるには充分すぎるくらいたくさんの事件が日々続いてきました。
そんななかでも、嬉しい出来事やおめでたい出来事もたくさんありました。
また少しずつ、そんなこんなを報告していけたらいいなと思っております。
相変わらずパソコンとネットが苦手な私ですが、少しでも社会と関わりあって生きたい意志があるから、なんとか頑張ってやってみるよ。
こんな場でなんですが、改めて、渡辺淳さんのご冥福と、ご家族、関係者の方々のご健康を心よりお祈り申し上げます。
長々とお付き合いくださりありがとうございました!!